文殊菩薩像 -鎌倉時代(国指定重要文化財)】

真言律宗の特徴である「文殊信仰」の流れの中で造立される。小ぶりな頭部に合わせるように目鼻口も小さく作られており、おだやかな起伏をもつ姿が自然なプロポーションで表現される。衣の袖口にわずかな風を孕む感じが巧みに捉えられていることなどから、全体の調和と微妙なニュアンスとを重視した13世紀中頃の作風をよく伝えている。

愛染明王像 -室町時代(市指定文化財)

真言律宗の特徴である「愛染信仰」の流れの中で、台座受座の上面に帰された銘により覚清大法師を願主に、椿井丹波という奈良仏師により造立され、永享元年(1440年)6月1日に開眼供養されました。檜材の寄木造りで、見開いた三目には玉眼を嵌入、口を開けた忿怒形で六臂の様相をなしており、もととなる経典に書かれているとおりの忠実な作がなされています。

不動明王像 -制作年代不詳

辮髪を左胸前に垂らし、両眼を見開き額に水波の相を作り、上歯をあらわします。条帛・裳・腰帯・腕釧・臂釧をつけており、左手は羂索、右手は剣を執っています。この形式の不動明王像は真言宗寺院の作例にのっとっており、弘法大師将来図像に基づき造立されたのだと考えられています。

毘沙門天像 -平安時代末期〜鎌倉時代初期

守護神となる仏像を大きく造る例があったことと合わせるように、平城京の東北(鬼門)を護るために北方の守護神である大柄な毘沙門天が造立されました。肉身は肥満感を表しており、武具を身に着けていないことと、おだやかな表情とが相まって、やわらかな造りがなされていると感じることができます。